二度と戦争を起こしてはならない

私高岡照海(たかおか てるみ)の亡父、高岡正明は、中学校教員だったときに戦争で多くの教え子を失いました。 暑い国で 祖国のために戦って命を落とした子もいれば、寒い国から戻ってこなかった子もいました。 「また桜の木の下で会おう」 そう誓った教え子たちとの約束を守るため、足掛け25年の歳月と私財を投げ打って、 暑い国でも寒い国でも花を咲かせることができる「陽光桜」の開発に成功。2001年に亡くなった後も、その想いを受け継ぎ、これまでの40数年間、世界27か国に「鎮魂と平和」の命題のもと、数多くの陽光桜を無償で提供してきました。

 

 ミャンマーにおける活動

2017年1月から、アウンサンスー・チー国家顧問の発案により、首都ネピドーの大統領官邸前で第一回桜祭りが開催され、1,000本の陽光桜の植樹が始まりました。第一回の植樹祭では100本の苗木を、第二回植樹祭では200本、続く第三回の植樹祭では、ヤンゴン前国会議事堂で、少数民族の人々と共に植樹を行いました。 こうした活動が認められ、日本人がミャンマーを訪れる際の、観光ビザ免除に繋がりました。 平和の象徴「陽光桜」がミャンマーの平和のために少しでも役立つよう、これからもミャンマーを支援していきたいと思います。

 

 NPO法人の発足とみなさまのご支援のお願い

「陽光桜」を世界に広める活動の中で、多くのみなさまからのご支援を輪が広がり、ご協力のお申し出をたくさんいただくことが出来ました。 そうした中、ここに特定非営利活動法人 陽光桜「鎮魂と平和」交流協会が発足することになりました。 この協会を通じて、争いの無い平和な世界になるよう活動を進めていきたいと思っていますので、みなさまの温かいご支援をよろしくお願い申し上げます。

理事長 高岡照海

 

高岡照海・正明親子の歴史                

1909年(明治42年)2月24日、正明生まれる

1940年5月31日 青年学校教師として採用される。

1942年5月10日 長男照海誕生

1945年7月24日 松山大空襲

1945年8月15日 終戦

1951年ころから新種の桜づくりを始める。

1960年代には長男照海も参加して、桜づくりが行われる

1972年正明氏 62歳。天城吉野と台湾緋桜を用いた人口受粉に取り掛かる

1973年8月 伯方塩業株式会社設立 正明氏初代社長

1977年11月 高岡紅葉園を長男照海が設立。(正明氏は会長)

1980年4月1日 農林水産省に陽光の品種登録を出願

1981年3月28日 ローマ法王ヨハネ・パウロニ世に陽光を献上。(愛媛新聞掲載)

1981年5月27日 「陽光」農林水産省品種登録(正明氏72歳)

1992年 遠赤青汁株式会社設立

2001年9月10日 正明氏没(享年92歳)

2017年1月29日 第1回桜祭りミャンマー開催

2018年1月14日 第2回桜祭りミャンマー開催

2019年1月27日 第3回桜祭りミャンマー開催